動画配信サービスのNetflixがスタジオジブリの「火垂るの墓」を、日本を除く190か国以上の世界で配信しました。
火垂るの墓は戦争をテーマにしており、その辛い内容からトラウマ作品となっている人も多い映画です。
この記事では、火垂るの墓を視聴した海外の反応や評価についてまとめています。
- 火垂るの墓の英語タイトルについて
- 火垂るの墓を観た海外の反応で、肯定的な評価と否定的な評価
「火垂るの墓」海外での英語タイトルは「Grave of the Fireflies」
火垂るの墓は、9月16日よりNetflixで日本を除く190か国の世界で配信を始めています。
海外タイトルのGrave of the Firefliesとは
「Grave of the Fireflies」とは、直訳すると「ホタルの墓」となります。
この「Fireflies」の「ホタル」とは、光を放つ昆虫の蛍のこと。
作中にもホタルは登場しそのはかなさを象徴するテーマとなっていますが、それはあくまで“兼ねられた”タイトルです。
ジブリの日本では「ホタル」でも「蛍」でもなく、「火垂る」と表記されています。
これは攻撃対象に着火させ焼き払う目的の兵器・焼夷弾の様子を表したもの。
焼夷弾の「火」が「垂れる」という意味が、日本の作品タイトルには込められているのです。
火垂るの墓を観た海外の反応~肯定的な評価~
最初に言っておきたいのだが、もしあなたがこの作品をまだ観ていないなら、このレビューを読んだ後(もしくは読む前でも)、できるだけ早くこの映画を観るべきだ。買っても借りてもいい。なぜなら、イサオ・タカハタが生み出したこの傑作の価値を伝えるのに、私の言葉だけでは不十分だからだ。私の知る限り、最も力強いメッセージを持つ反戦映画、それが「火垂るの墓」だ。芸術作品としての価値で語るなら、ピカソのゲルニカやエルガーのチェロ協奏曲と同ランクと言える。
多くのアメリカ映画の中で、これほど強力な反戦メッセージを持つものがあっただろうか?「華氏911」?「地獄の黙示録」?それとも「シンドラーのリスト」か? 率直に言って、どれもこの作品に及ばない。「火垂るの墓」は、汚れなき魂の喪失を描いた作品だが、それは幼い二人の主人公のことだけではなく、日本という国全体にとっての話なのだ。
ストーリーの中心となるのは二人の子どもたちだ。13歳の清太と、4歳になる彼の妹の節子。彼らの母親は第二次大戦中、爆撃のために命を落とす。そのため、この兄妹はおばの元に身を寄せることになる。最初は親切だったおばだが、次第に、なぜ兄妹に食べ物を与えて保護しなければならないのか? なぜ清太は国のために働こうとしないのか?と、不快に思うようになっていく。
結局、清太と節子は、廃墟となった防空壕で、二人だけの暮らしを始めることになった。しかし、食料がなかなか手に入らず、徐々に栄養失調に陥ってしまう。そして、彼らは命を落とすのだ。実は、映画序盤から、彼らが死ぬことは明らかにされている。ボロボロの服をまとって、駅構内に横たわる清太、栄養不良の状態にあることは明白だ。彼の持ち物だったミステリアスな缶を、駅員が夜の闇に向かって投げ捨てた。そこにはホタルが舞っており、節子の幽霊が現れる。そこに清太の幽霊が加わり、彼らは電車に乗って、あの世へと旅立つのだ。ストーリーは、そこからフラッシュバックされる形で語られていく。「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」これが出だしのセリフだ。
この映画で興味深いのは、日本の作品であるにもかかわらず、日本人を犠牲者として扱うこともなければ、アメリカ人を悪者扱いするわけでもないというところだ。むしろ、苦しんでいる子どもたちを冷たくあしらう日本の人々に対しての軽蔑が感じられる。タカハタは、戦争で真に失われるものは生命ではなく、汚れなき魂であると訴えているのだ。
アニメーションそのものは、リアリズムに基づく伝統的なスタイルで、ディテールも豊富だ。キャラクターたちの死を悲劇的に描く一方で、美しい瞬間も多く描かれている。だが、この作品に称賛されるべきシーンが数多く含まれているのは、別に不思議なことではない。なぜなら、この作品を製作したのは、日本の伝説的なアニメーションスタジオである、スタジオジブリだからだ。私は幸運にも、このスタジオが作り上げてきた息をのむような作品の数々を鑑賞する機会に恵まれてきた。
「火垂るの墓」は、ストーリー、その象徴的意味、アニメーション、全てが一体となって、まるで腹に強い一撃を食らったような心の衝撃を感じる作品で、そのショックから立ち直ることは難しく、忘れることは不可能な作品だ。アニメーションではあるが、極めて生々しくもある。実写映画ではないという理由で、作品の力強さが損なわれるわけではないという点にも気づいてもらえるだろう。
あなたに、立ち直れないほど落ち込んでも構わない夜があるなら、是非、「火垂るの墓」を観て頂きたい。これは、決してあなたが喜んで観たがるタイプの作品ではないが、しかし、決して、観たことを後悔する作品でもない。
この映画で興味深いのは、日本の作品であるにもかかわらず日本人を犠牲者として扱うこともなければ、アメリカ人を悪者扱いするわけでもないというところだ。
もし作品を観たことがないなら今すぐ観てほしい、決して喜んで観る作品ではないが決して観たことを後悔する作品でもない。
もし僕が映画を観て泣くとしたら、それは他の人たちなら、普通は泣かないようなタイプの映画を観たときだ。例えば、僕は侍映画を観て泣いたりもする。壮大なシーンで、少し感情的になったりもする。ただ、いずれにせよ、「火垂るの墓」を観たときのように号泣することは稀だ。
僕は、子供時代の大半と思春期を日本で過ごした。広島でも1年ちょっと過ごした。日本では、多くの元軍人と会ったり、お年寄りから戦争中の体験談を聞いたりしてきた。恐らく、皆も知っているだろうが、日本人は感情をあからさまにすることで有名な人々、というわけでは全くない。感情を表に出さないことに関して、平均的な日本のお年寄りに勝てるイギリス人は一人もいないだろう。
彼らが戦争の話をする時は、いつも感情を表さなかった。事実を淡々と語ってくれたものだ。長崎の爆心地から5マイル(※ 約8km)の場所で被爆した人の話も聞いたことがある。その中で、僕に忘れられないほど強い印象を残したのは、ゴトウさんという老夫婦から聞いた話だ。
ゴトウさんたちは、子供の頃、名古屋大空襲の直後に出会ったそうだ。そして、その当時の状況を「火垂るの墓」の写真を使って、僕たちに詳しく説明してくれた。アメリカ海軍の航空機は、川に向かって走る子どもたちに機銃掃射を浴びせたらしい。もちろん、子どもたちは本来の攻撃目標ではなかったにもかかわらずだ。当時12歳だった僕が日本を理解する上で、彼らの話からは強い影響を受けた。
だから、僕にとって、この「火垂るの墓」を観るのは、彼らの話を映像で詳細に振り返るようなものだった。彼らの子供時代の記憶が、映像でよみがえったものであるかのようにも感じた。彼らの個人的な苦しみを、僕の心にも背負わされたようにさえ感じた。少々、感情的になりすぎたかもしれないということは認めるが、僕は、本当にそんなふうに感じたのだ。
戦時下の悲劇は、世界中、全ての文化や社会において共通して語られるものだが、「火垂るの墓」は、ストーリーそのものよりも、ストーリーの語り方が日本的で、かつ、他に類を見ない独特なものだ。他の国の映画製作者たちも、このアイデアで作品を作ろうとするかもしれない(ロシアの映画製作者は除く)が、この作品よりも人の心を感動させるものを作ることはできないだろう。
一切の誇張を交えずに言わせてもらうが、映画の歴史の中で、戦時下の無垢な魂をあれほど完璧に、悲劇的に、胸が張り裂けるように描いた作品は存在しない。しかし、大げさな表現は何もない。同じジャンルの他の映画(忘れてほしくないが、これはアニメーションだ)が馬鹿馬鹿しい仕掛けを色々と使うのに対して、この作品は、物語だけですべてを伝える。音楽ですら、やりすぎることも感傷的になりすぎることもない。
ストーリーの結末が最初から分かっているのに、それでも観客を引きつける力があり、それどころか、涙さえ流させる作品だ。感情に訴える力があまりに強いので、僕としては、繰り返し観たいとは思わない。全く救いのない悲劇的な物語ではあったが、それでも、僕は、この作品を観ることができて良かったと思っている。
戦争の映画であれほど胸が張り裂けるような作品は存在しない。しかし大げさな表現は何もない。
繰り返し観たいとは思わないが、僕はこの作品を観ることができて良かった。
僕がこの映画を初めて観たのは、確か6歳くらいだったと思う。その年齢では、映画の本当の意味は理解できなかった。ただ悲しくて泣いた。次に観たのは13歳頃だった。僕は最初の5分で泣いてしまった。それから2年間、この映画を観ようという気持ちになれなかった。ついに観たのは15歳の時、この時も、やっぱり前半のうちに泣いてしまった。 その後、この映画について何人かの人たちと話をしたけれど、彼らも、やっぱり、ショックを受けることは避けられなかったようだ。あのリアリティのある絵柄の力も大きいのだろう。
イサオ・タカハタ監督は、「火垂るの墓」で素晴らしい仕事をしたと思う。ストーリーの見せ方は、僕がこれまでに観た作品の中でも、最上の部類に入るだろう。この映画では、冒頭ですぐに主人公の運命が分かる。このシーンを観終えた多くの人々はこう言うだろう。「この後、いったい何を目的に映画を観たらいいんだ?」と。今の僕なら「この先を観ないのなら、最も美しい映画を鑑賞できるチャンスを、自ら奪ってしまうことになりますよ。」と答えられる。
このオープニングさえ乗り越えられれば、観客は、清太と節子の心温まる関係性、そして悲しい出来事から目をそらせなくなる。清太と節子の強い結びつきは、時として観るのが辛くもなるが、それでも、観ないわけにはいかなくなってしまう。
ただ、僕が最も素晴らしいと思うのは、この映画には悪役がいないということだ。登場人物の誰もが、ひたすらに、ただ自分の人生を生き抜いている。そして、絶望的な状況では、人間の本当の姿があらわになる。戦時中における人間の本性を見せてくれるのが、この映画だ。人々は相手を殺し、出し抜く。そして、自分の事だけで精一杯だ。ついてこれない者の面倒は、誰も見てくれない。
厳しい現実だが、監督は、それを受け入れるよう、観客に求める。僕は、この映画が描いているのは、人間の本当の姿なんだと感じた。憂鬱ではあるが、観客に覚醒を促すものでもある。
最後に問いかけたいんだが、人類は今も、過去と同じ歩みを繰り返しているだけなんだろうか? それとも、これ以上、清太や節子の悲劇を繰り返さないように進歩したんだろうか?
ストーリーの見せ方は、僕が観た作品の中で最上の部類。
この映画には悪役がいない、誰もがひたすら自分の本性を見せてくれる。
戦争によって引き裂かれた時代を、自分たちの力だけで生き延びようとする子どもたち…。だが、彼らの努力が報われることはなかった。映画が終わった時、私の気持ちがどれほどかき乱されたことか…。まだ立ち直ったわけではないが、今、そのことをここで語るつもりはない。ただ、この作品を反戦映画と見なすことは、映画本来の目的とは少々ずれがあるようにも感じた。私としては、むしろ、戦争という最悪の状況に苦しめられた子どもたち、そして、彼らから見た世界の姿を描いている映画なのだと思う。
この作品を観て何も感じなかった人、うんざりした人、あるいは上映中に眠ってしまったような人たちは、思いやりが失われた、今の社会の影響を強く受けてしまったのだろう。一人で生活し、隣人ともほとんど口を利かないような暮らしをしている人たちである可能性が高いと思う。この作品を観て泣かないような人は、魂を失ったも同じだ。
事前にこの作品のレビューをほとんど読んでいなかったので、映画が始まった時は少々驚いた。冒頭で主人公の死が告げられ、彼の死体が示されたからだ。普通は、こんなことをすれば観客の興味を失わせるだけだが、私は逆に興味を惹かれた。ただし、その後の展開には、私の内面が木っ端微塵に破壊された。この作品は、甘いものでも、心温まるものでもない。
兄妹が防空壕を照らそうとホタルを集めるシーンですら、心楽しくなるものではない。むしろ悲しいシーンだ。今の時代なら、明かりがなければ、せめて店でローソクくらいは買えるだろうに…。だが、この幼い兄妹には、ホタルを集める以外の方法が無いのだ。個人的な経験から言っても、ホタルをつかまえるのは大変だ。しかも、大変な思いをしても、ほんの束の間の明かりにしかならない。
この兄妹が、彼らのおばを頼ろうとしないことに対して批判的な人々がいるが、日本人は、必要性よりも誇りを第一に優先せよと教育されるものだ。この兄妹は名誉を傷つけることはしないようにと教わって育った子どもたちなのだ。それで彼らの行動の説明がつくだろう。
「火垂るの墓」は、観る者の心をつかんで、決して離さない物語ではあるし、丁寧に作り込まれた物語でもあるが、これは戦争映画ではないし、反戦映画でもない。まして、反米メッセージを潜ませた映画でもない。戦争中、あるいは戦後であることが、決定的に深い意味を持つわけではないと感じた。生き延びることだけが問題という、本当に苦しい状況の中で、どうにか生き延びようとして、それを果たせなかった小さな二つの魂の物語なのだと思う。
この映画のタイトルが、全てを説明しているのではないだろうか?ホタルは闇の中で輝く美しい存在だ。しかし、ホタルが死んでも、その墓がどこにあるかは誰も知らない。知ろうともしないものだ、と。
この作品を観て泣かないような人は、魂を失ったも同じ。
生き延びることだけが問題という、本当に苦しい状況の中でどうにか生き延びようとして、それを果たせなかった小さな二つの魂の物語なのだと思う。
5歳の頃、僕は大好きなカトゥーンを観るため、毎朝、早起きしていた。ある日、僕はいつもより、かなり早く起きてしまった。午前3時頃だったはずだ。それでも、僕はいつもどおりテレビを観ることにした。何も映っていなかったので、チャンネルを変えて、普段とは別のチャンネルの番組を見ることにした。そのチャンネルを数分観続けた後、始まったのが「火垂るの墓」だ。
その当時の僕には観たこともないような、シリアスなアニメ映画だった。最初に映ったのは2人の幽霊だ。なんとも平和そうな姿だったことを記憶している。少々奇妙には感じたが、怖い映画のようだとは感じなかった。
しかし、そのすぐ後で恐ろしいシーンが映った。爆弾が投下され、建物は破壊され、混乱の中で人々はむごい死を遂げていった。少年と彼の妹も混乱に巻き込まれ、命からがら逃げ出す。兄妹のお互いに対する愛情、特に少年が妹を思いやる姿に、僕は涙を流した。同時に、人々がお互いを気遣い合う姿にも印象づけられた。そんな映画は観たことがなかった。愛情と絶望が同時に描かれた作品に、幼い僕はショックを受けた。 物語はその後も続き、兄妹に課せられた試練はどんどん過酷になっていく。映画の終盤では、僕は息をするのも難しいくらいになっていた。子供だった僕にとって、この映画は本当に強い衝撃だった。心が深く傷ついたようにすら感じた。映画を観終えた僕は、泣きながら眠りについた。再び目覚めた時、僕は夢でも見ていたんじゃないかと思った。
あの頃より成長した今でも、「火垂るの墓」のように、強く恐れ、同時に愛した映画というものを経験したことはない。そもそも、こんな映画が他に存在するのだろうか?幼かった僕は、この映画を怖がりつつも、内心では、もっと映画の内容について深く知りたいとも感じていた。あれから13年が経過した。あの頃より、もっと深い内容が理解できるようにもなった。
この映画は、あれ以来、観ていない。でも、まだ鮮明に覚えている。音楽も映像も、その時の気持ちも…。僕はこの映画を忘れることができない。もう一度観ようと決意して、手に取る日は来るのだろうか?必ず来ると思う。再び観たその時に、自分がこの映画からどんなメッセージを受け取るのか、それは必ず確かめておかなければならないと感じるからだ。
愛情と絶望が同時に描かれた作品に幼い僕はショックを受け、映画の終盤では僕は息をするのも難しいくらいになっていた。成長した今でも「火垂るの墓」のように、強く恐れ、同時に愛した映画というものを経験したことはない。
火垂るの墓を観た海外の反応~否定的な評価~
私は悲惨な話の趣旨は理解していますが、難しいテーマでも美しく描くことは可能です。ですが、この映画にはそれがありません。最初から不快で、意地悪なおばさんがそれをさらに悪化させました。蛍の美しさも感じられず、この映画は私の蛍への愛を壊してしまいました。DVDはリサイクルに出しました。
最初から不快で、悲惨な話のテーマも蛍の美しさも感じられなかった。
妻が2歳の子どものために買いましたが、幸いにも先に私たちが見ました。戦争で孤児となった子どもたちの話という点では理解できますが、ただ子どもたちがゆっくりと飢え死にするだけの映画でした。とても感情的で、見終わった後は寝付けませんでした。家にDVDがあるが、もう二度と見ることはないでしょう。捨てるのは惜しいけれど、他の人にもあげられません。棚でただ私を嘲笑しているようです。
戦争孤児の悲惨な状況を描いた映画で、非常に感情的でトラウマになるほどだった。
DVDは捨てられず、もう二度と見ない。
12歳の娘に勧められ、夫と8歳の姪と一緒に見ました。みんな涙を流していました。悲劇的な物語で、戦争で孤児になった兄妹が苦しむ様子が描かれています。彼らが死ぬという事実は心に重くのしかかります。この映画は子ども向けではなく、非常に悲しい内容です。
戦争孤児の悲劇を描いた映画で、家族全員が涙を流すほど。
子ども向けではなく、とても重い内容。
多くの人がこの映画を絶賛しているので買いましたが、正直言って特に印象に残る映画ではありませんでした。もっと良くできたはずです。
多くの評価が高かったが、特に印象的ではなく、期待外れだった。
この映画は過大評価されています。テンポが遅く、キャラクターは魅力がなく(好きでも嫌いでもないし、共感できるわけでもありません。ただただ、ものすごく退屈です)。感動させる要素もよく分かりません。多くの人がこの映画を感動的だと感じることに驚いています。私はずっと、涙一つ出ずに見続け、「これがそんなに良いの?」と不思議に思っていました。もしかしたら、私が感情がないだけかもとも思いましたが、感動した映画はこれまでにもたくさんあります。ライオンキングのムファサの死のシーンなんて、辛すぎて早送りしないと見られません!それに比べ、この映画はひどいです。
見る前に、批評家や一般の評価が高いことは知っていましたが、そんな評判を鵜呑みにして買ったのは大失敗でした。一度見た後、すぐにゴミ箱行きです。正直、もう一度見直してみようかとも考えましたが、2回目を見る勇気が出ません。それくらいひどい映画でした。
私からのアドバイスとしては、ネガティブなレビューを参考にし、私のように予備知識なしで買わないことです。後悔するかもしれませんよ。
映画は過大評価されており、テンポが遅く、キャラクターも魅力がなく、感動も得られなかった。
高評価を信じて購入したが、一度見ただけで捨ててしまった。もう一度見る気にもなれないほどひどい作品だった。
火垂るの墓を観た海外の反応や評価は?英語タイトルの解説も
火垂るの墓を観た海外の反応や評価は、戦争の悲惨さに胸が締め付けられたという感想が多かったです。
トラウマになったという理由で低評価にした人もいましたが、映画の内容を深く理解した人がほとんどで肯定的な意見が目立ちました。
海外の反応もよかったので、火垂るの墓が地上波で放送される日が近々訪れるかもしれませんね。
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