ユリコタイガーは、アニソン好きの外国人コスプレイヤーとしてメディア出演が増えていますね。
この記事では、ユリコタイガーがアニメやアニソン、コスプレを好きになったきっかけについて書いています!
そもそもオタクとしてのDNAが受け継がれていたのです…!
ユリコタイガーがオタクになった最初のきっかけはお父さん
ユリコタイガーの父は大のゲーム好きです。
任天堂やプレステなどさまざまなゲーム機があるだけでなく、子どもが自ら選ばないであろうニッチなゲームソフトもそろっているというオタクルートまっしぐらな環境でユリコタイガーは育ちました。
鉄拳やソニックなど、周りの子どもが持っていないゲームソフトで3歳という幼少期から遊んでいた記憶があるそうです。
お父さんのDNAと、整った環境。
オタクになる素質と要因は十分です!
アニメを好きになったきっかけは犬夜叉とセーラームーン
5歳のときに初めて「犬夜叉」と「セーラームーン」を見て、日本のアニメやマンガのファンになりました。
そこから犬夜叉きっかけで日本への興味が強まったんだって!
アニメとして面白いことはもちろん、「鬼や妖怪ってなんだろう」と思ったことが、日本をもっと知りたくなったきっかけだそうです。
小学生のころから本で調べたり、オタク仲間である父とともにフランスまでマンガを買いに行ったりして、日本への愛を深めていきました。
ちなみに当時イタリアには日本の文化があまり入ってきていなかったため、日本文化への愛が強かったフランスへわざわざマンガやCDをお父さんと買いに行っていたそうです。
沼るきっかけとなった人生初のコスプレは涼宮ハルヒ
ユリコタイガーが初めてコスプレをしたのは、14歳のとき友達がイベントに誘ってくれたことがきっかけでした。
人生で初めてコスプレをしたキャラクターは、涼宮ハルヒの憂鬱のキャラクターである「涼宮ハルヒ」。
ウィッグがないからと自分の髪を切るほど、そのころからすでにコスプレへの熱意が強かったようです。
おばあちゃんにも手伝ってもらいながら作成した涼宮ハルヒのコスプレは、ユリコタイガーの人生を変えました。
大好きなキャラクターになることや同じ趣味の友達が増えていくことが楽しくて、どんどんコスプレの沼にはまっていったようです。
コスプレはキャラクターになりきれることが一番楽しいと話しており、なんと自分の想像でキャラクターの下着も合わせるんだとか!
また笑わないキャラクターのコスプレをすると、自分も笑わなくなるほどなりきってしまうそうです。
憑依型の俳優みたいですね!
アニソンが好きになったきっかけは平野綾
ユリコタイガーは、声優の平野綾が好きでした。
初めてコスプレをしたのも、平野綾が声優を務める代表的なキャラクター・涼宮ハルヒ。
平野綾は涼宮ハルヒとしても曲を出していましたし、主題歌を歌うなどアニソン歌手としても活躍が目覚ましい存在でした。
アニソンが気になるようになったきっかけは、大好きな平野綾がアニソンを出していたことからです。
そこからアニソンのすばらしさに目覚め、放送されたアニメの歌手が誰かを調べたり、他にはどんな曲を歌っているのかを調べたりして造詣を深めていきました。
日本へ行くと決めたのは10歳のころ
幼少期は「ずっとマンガを読んでいる変な子」扱いをされ、友達はあまりいなかったユリコタイガー。
そんな状況でも、ずっと日本へのあこがれは燃え続け10歳で日本へ行くことを決意しました。
8歳のころからユリコと名乗っていましたが、日本に行くことを見据え11歳から「ユリコタイガー」と名乗ることに。
ちなみにお父さんは、いつか日本に行く夢も諦めるだろうと思っていたようです。
しかしユリコタイガーが14歳からコスプレを始め18歳で日本へ行く姿を見て、「諦めるだろう」という考えを諦めたそうです。
そして2013年、日本語をほとんど話せない状態にも関わらずユリコタイガーは日本へ踏み出したのです。
初めての日本でのコスプレイベントはワンフェス
ヨーロッパですでに数々のコスプレイベントに参加していたユリコタイガー。
2013年に来日し、日本のコスプレイベントを探したときに一番開催日が近かったのが同年2月に開催されたワンダーフェスティバルでした。
※ワンダーフェスティバルはガレージキットとフィギュアの展示・販売イベントのことでコスプレOK!
ワンフェスに参加したユリコタイガーは
こんなセクシーなコスプレイヤーがいるんだ!
と衝撃を受けたそうです。
その次に8月のコミックマーケットで、スーパーソニックのコスプレをして参加しました。
コスプレイヤーの道を選んだのは、今しかできないから
実はユリコタイガーは、12歳のころからマンガ家になりたいという夢を持っていました。
マンガアカデミーにも通って勉強していたのですが、アイドルやコスプレイヤーへの夢も抱き悩んだそうです。
しかしマンガ家やイラストレーターは顔を出さなくてもいい、今しかできないのはコスプレイヤーの道だという理由でコスプレの道へ。
いつかコスプレへの道が落ち着いたら、マンガ家やイラストレーターとして活躍するユリコタイガーが見られるかもしれないですね。
ユリコタイガーが今のポジションにおさまった経緯
ユリコタイガーは、スカウトされたことがきっかけで事務所に所属しました。
時系列は以下の通りです。
2013年6月 | 日本来日 |
2013年7月 | 日本語学校に入学 |
2013年8月・9月 | イベントでのコスプレが話題に |
2014年3月 | タレント活動開始 |
2014年4月~ | テレビ出演 |
2014年9月 | Youは何しに日本へ?出演で認知拡大 |
事務所にスカウトされたときは日本語学校に通っていましたが、「日本語を間違えていたほうが可愛いから」という理由で学校を辞めさせられたそうです。
ユリコタイガーは来日当時アイドルを目指し活動していましたが、当時は外国人アイドルがおらず思うように活動を広げることができませんでした。
またスカウトされた事務所から、アイドルよりもグラビアアイドルや女優のほうがいいと話をされたそうです。
オーディションを受けても「きれいすぎるからダメです」っていわれた!
VTuverも絶対に成功すると目をつけていましたが、またも「顔は見せないともったいない」という事務所の意向で機会を逃すことに。
ユリコタイガーは何でも取り組むのが早すぎて、時代が追いつけていなかったようですね…。
ユリコタイガーがコスプレやアニソンに沼ったきっかけ&経緯まとめ
ユリコタイガーはゲームオタクだった父の影響で、自身もオタクの道へと猛進しました。
アニメが好きになったきっかけは犬夜叉とセーラームーンで、そこから日本への興味も深まりました。
アニソンが好きになったきっかけは、大好きな声優・平野綾がアニソンを歌っていたからです。
コロナ渦で外国人の出演が減り、オーディションにも行けない時期が続いたユリコタイガー。
個性が武器となる時代でコロナが明けた今、どんどん活躍する場面が増えてきそうですね!
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